2016年5月16日月曜日

福島原発事故から5年後。改めてチェリノブイリ法に注目したい。

チェルノブイリ原発事故から5年後に制定されたチェリノブイリ法のことは前から聞いていたけど、チェルノブイリ法を日本に初めて体系的に紹介したロシア研究者の尾松亮氏の話を聞いて、改めて注目したいと思った。

チェリノブイリ法では
半径30キロ圏→強制避難者
年5ミリシーベルトを超える地域→移住が義務づけられた
年1ミリシーベルトを超える地域→避難の権利が認められた
日本の場合は「事故直後に20キロ圏を強制的な避難指示区域に指定した上で、その後も年間20ミリシーベルトを超える被曝が想定される地域を避難の対象地域」(いまだに!)

チェリノブイリ法が画期的なのは、事故は(オペレーターのせいであり)国のせいではないとしながらも、広い地域が汚染されたのだからそこに住む被災者を保護するのは国の責任だと明確に定めていること(日本の政府はそれをやってない)。

年1ミリシーベルトを超える地域の人は、健康被害が出た時、原発事故のせいかどうか証明する必要なく、支援が受けられる。例えば、甲状腺癌になったのが原発のせいかどうか証明する必要なく、支援を受けられる。

旧ソ連がすごいのはいまだに健康診断を1000km圏とか遠い地域でも大人含め対象に毎年行っているということ。日本の甲状腺検査は福島県だけでやっていて、事故当時18歳以下の子供が対象。20歳までは2年ごと、以後は5年ごとになっちゃう...。チェリノブイリでは大人になってから発症したケースも多いらしいのに。

尾松さんは、ロシア語のチェリノブイリ文献を翻訳する中で、日本ではよく聞く「復興」という言葉が使われてないことに気づく。「汚染土壌の回復」「被害の克服」という言葉は使われるけど「復興」というあいまいな言葉は使われてない。

日本で言われる「復興」とは何か? 

それは人口という数値で計られているのではないか? そうすると、自主避難なんてのは邪魔になる。政府が戻っていいというんだから、戻れ。戻らないなら、それはあなたの選択なのだから、支援は打ち切る。というのが今の流れ。

避難している住民の中で戻ることに消極的な人々の中には、福島原発に近いから戻るのが怖いと言っている人もいるという。それも当然でしょう。だってサミットのために廃炉作業にストップかけるフクイチが近いんだもん。

なんだろう、このチェルノブイリとの差は。

ソ連が合理的になれたのは、国土が広いせい? 人口が密集してないから?




朝日新聞デジタルの記事
(核リポート)事故から30年、チェルノブイリ法に学ぶ  2016年4月14日

を参考にしました。(どちらも全編見るには会員登録が必要です)


もっと詳しく知りたい人は東洋書店新社から出ている
『3.11とチェルノブイリ法 再建への知恵を受け継ぐ』を。
http://books.rakuten.co.jp/rb/13823007/